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読書の紹介:小川洋子『密やかな結晶』

  • 執筆者の写真: 家庭教師のMIC
    家庭教師のMIC
  • 2020年6月13日
  • 読了時間: 2分

先日、小川洋子さんの『密やかな結晶』を読みました。


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25年以上前に書かれた本著は、昨年英訳され、現在の世界の政治や社会状況をあたかも反映しているかのようなディストピア小説だとして、ブッカー賞候補にノミネートされています(津波のシーンまで入っています)。新型コロナウイルス問題で、欧米で一気に注目を浴びることになった作品です。




本書の舞台である「島」では、記憶狩りによってある物の名前が消されると、その記憶を持つことが禁じられます。記憶を持っていると、収容されてしまいます。



興味深いのは、物の名前を消されると、その物に関する記憶を失う人と、記憶をなおも有し続ける人がいることです。



私たちの日常を描いているようにも思えました。私たちは日々何かを忘れながら生きています。「何か」を忘れると、「何を忘れたか」さえ忘れてしまいます。そして、忘れた/忘れることに慣れ、また次の日常を生きています。



その一方で、忘れられる「何か」を覚え続ける人もいます。記憶を共有できないことは、人々の間に常に埋められない溝を作ってしまいます。



また、忘れる主体である私たちも、やがては朽ちてしまい、忘れられる客体となってしまいます。自分自身の存在さえも忘れてしまう私たちは、もしかすると記憶できる「誰か」に自分の存在を必死で記憶してもらおうとし生きて(そして死んで)いるのかもしれません。



寂しくも美しく静かな小説でした。毎日が忙しく、目の前のことに対処することばかりに目が行きがちな現代社会において、ゆっくりと自分の人生を見つめなおし、自分の人生とは何なのかを考えるよいきっかけになる小説でした。

 
 
 

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