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職業としての家庭教師と学生家庭教師の違い

  • 執筆者の写真: 家庭教師のMIC
    家庭教師のMIC
  • 2019年10月27日
  • 読了時間: 3分

  はっきり言って、教科の内容や、問題の解き方「だけ」を教えるなら、学生家庭教師の方が学んだ内容の記憶が新しいので、優秀な部分はあると思います。ですので、先天的・後天的環境に恵まれている生徒は、むしろ学生家庭教師や集団塾のようなマニュアル化された指導方法の方が向いていると思います。


  しかし、学生家庭教師には大きな欠点があります。それは、受験での「勝ち組」の体験しかない人が多いことです。ですので、辛い体験や、先天的な問題が学習に与える影響がどれだけ多いか、の知見がどうしても少ないです。先天的、後天的に恵まれた環境の人ほど、受験では有利になりますから。


  ですので、恵まれた環境を与えられていない生徒の指導に向いている学生家庭教師は多くないです。


  そう言いきれるのは、私もかつては受験戦争の「勝ち組」だと思い生徒に接していた苦い経験があるからです。ついつい、「どうして分からないんだ!」ときつい口調で接して、生徒を追い詰めていました。


  でも、たとえそうやって学習成果が出たとしても、その生徒のその後の人生はどうなるのでしょう。「怒られるからやる」「怒られないからやらない」「怒る人だから服従しよう」「怒らない人だから見下していい」。そういう人格形成をしてしまっていたのだと思います。


  学ぶということは、恐怖に支配されることなのでしょうか。

  今振り返って、受験戦争の「勝ち組」であった私は、受験戦争の被害者でもありました。偏差値序列や収入、社会的名声で人の価値を判断していましたから。


  私もその後の人生で、私も社会で辛酸を嘗め尽くし、成功も失敗も多く体験してきました。特に失敗の体験は、学習がなかなか出来ない生徒の気持ちに寄り添う糧になりました。また、絶望的なまでにどん底の世界を味わいながら生き延びたことで、学ぶことは根本的に生きる能力に繋がるのだ、ということを痛感しました。


  家庭教師に与えられた時間は「てこ」だと思っています。与えられた「てこ」の時間を使って、生徒が指導時間以外の時間に学習に向かえるようにする。


  そのためには、家庭環境、学校環境、地域環境や障害や疾病の有無を常に考慮に入れ、生徒が少しでも学習に向かえるようにする環境を整えるのが、職業としての家庭教師の役割です。


  生きていく上で必要な学習を点数化して、生徒に優劣をつけること自体が義務教育の本旨に反しており、こうした「勉強」序列はおそらくいじめを引き起こす最大の原因です。しかし、やはりどこまで学習できたかを測るためには、テストで数値化する必要は生じます。


  そんな矛盾を突破するのは、学ぶ楽しさを、教える側と生徒が共有することではないかと思っています。正確に言えば、私は教える立場ではありますが、常に生徒から学ばせてもらい、自分を育ててもらっていると思っています。


  なにより「教えてやる人」であるよりも、「学ぶ人」であり成長し続けたい。それが私が職業として家庭教師をしている誇りであり、矜持でもあります。

 
 
 

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