教育の問題は、結局社会や政治の問題になってしまう
- 家庭教師のMIC
- 2020年3月8日
- 読了時間: 4分
先日、あまりにも悪辣な「学習支援業」の手法に驚かされたことがありました。笑顔で親御さんの不安を煽りカネを落とさせるのが「学習支援業」の常套手段ですが、あまりの金額に驚かされました。
私はそういう手法は大嫌いです。「カネ」は人が生まれながらにして持っている欲求ではありませんし、価値の一つに過ぎません。別に100歳まで生きたいとも思わないし(死にたくもない…)、災害ボランティアのに行ってあれだけモノが無造作に捨てられているのを見ると、ぜいたくをしたいとも思わなくなります。生活できるだけのカネがあればいい、そう考えているだけです。
では、なぜ人々は「カネ」にこだわるのでしょう。それは年を取るにつれて、「カネ」の暴力にさらされ、「カネ」が無ければ生きていけないことを痛感させられるからです。そのため、親御さんはお子さんが将来安定した収入を得る地位を獲得するために、学歴などの保証を求めます。とりわけ1990年代後半からの新自由主義改革により、すぐに使い捨てにされる非正規雇用が増えたことは、親御さんの不安を非常に強いものにしています(今年は特に)。
とりわけ、お母さん方の子供の将来に対する不安感は強いです。それは、最近私が思い知らされていることですが、女性の方が男性よりも男性優位社会の理不尽さを身に染みて理解しているからなのでしょう。
格差社会を描き、パルムドール賞を受賞した映画『パラサイト』は、男性優位社会において「守られるべき存在」とされた女性が、巧みな言葉により不安を煽らて騙されていく様子も描いています。「守られるべき存在」になると、「守られないかもしれない」という不安に駆られやすいわけです。
ではなぜ女性が「守られるべき存在」にされてしまうのかと言えば、「なにかをなそう」とする女性を男性優位社会が抑圧するからです。現在公開中の映画『スキャンダル』は、「なにかをなそう」と思い行動する女性に対し、男性優位社会がどれだけ言動による性暴力をふるい、屈服させようとしているかを描いています。原題” Bombshell”は「セクシーなかわい子ちゃん」という意味で、要するに「女は可愛いお馬鹿ちゃんでいろ」という、社会のメッセージを風刺しています。そうやって社会は女性に対し、「男性に守られるべき存在」=男性に従属する存在になることを強要しているわけです。そうでなければ生きられないぞ、と。
さらに、社会の構造は子供の成長を待ってくれません。本当は様々な体験をすることが、巡りめぐって知識に結びつくのですが、日本社会には15歳の受験、18歳の受験であたかも人生の全てが決まるかのような言葉にあふれています。巡りめぐる暇をくれません。それに追い打ちをかけるのが、下がっていく一方の平均労働収入です。一歩道を踏み外すと、この社会はやり直すチャンスをあまりくれません。
親御さんが自称「学習支援業」に不安を煽られて、往々にして多額の負担をしてしまうのには、こうした背景があるのでしょう。
ですが、私から親御さんにお願いしたいのは、むしろ「ドン」と構えて、お子さんに安心感を与えてあげてください、ということだけです。なぜなら、先日の新型コロナウイルス問題でのトイレットペーパー騒ぎでもそうですが、不安は伝染するからです。親御さんが不安に駆られていれば、お子さんも不安に駆られてしまいます。そうなれば、学習に向かう意欲は強迫観念以外にはなくなってしまいます。
そう考えると教育問題には、親御さんのお子さんの将来への不安感を取り除くこと「も」含まれることに思い当たります。そのためには、経済格差が少なく、何かに取り組んで失敗してもやり直すことができ、女性が委縮せずに生きられる社会にしたりすること「も」大切になってきます。そうすると、社会や政治の問題に思いを馳せざるを得ません。
先日小学生から、「宇宙が始まる前には何があったの?」という質問をされました。こうした純粋な知的好奇心の末に成績を身に着けてもらえたらなぁ、と思っています。
質問に答えるのは、非常にきついですが。
宇宙が始まる前には何があったんでしょう?




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